麦踏みの記憶

私が子供のころ・・・半世紀以上前のことですが、島田はまさに「水の街」でした。

大井川の豊かな水は、澄んだせせらぎとなって、家々の生活用水になったり、田畑をう

るおしていました。当時、このあたりでも二毛作と言って米を収穫した後は、麦を植え

ることが普通でした。

冬半ば、麦の苗が出てくると「麦踏み」をします。凍った土を割って伸び始めた麦の

頭を踏みつけるのです。踏みつけられた麦の若葉は、踏まれた刺激をバネにして、一層

元気になるといいます。

私の中の一番遠い日の思い出は、曾祖父と麦踏みをしている記憶です。2歳くらいの

私が、ひいおじいさんの真似をして手を後ろで組み、霜柱をぎっち、ぎっちと踏みなが

ら横歩きをしています。そのあとの記憶では曾祖父はもう足がきかなくて、いつも茶の

間の大火鉢の前であぐら座りで、キセルをふかしていました。

一度だけの麦踏みの記憶は、幼い私と曾祖父をつなぐ大切な原風景となっています。

すべての子供たちに残るのが、恐怖と不安に支配された記憶ではなく、愛された記憶で

あることを願わずにはいられません。

本年のご厚情を心より感謝申し上げます。

来年が皆様にとって一層よいお年でありますように。